ユダヤ式のマーケティング、というと立川光昭さんの著書「ユダヤから学んだモノの売り方」が有名で、本屋で見たときにタイトル買いしました。
ユダヤ式のマーケティングは、普通のものとどう違うのでしょうか。

読んでみて驚いたのが、ユダヤ商人は商品にあまり関心がない、という点でした。
ユダヤ式のビジネスに大事なことは「お客さんがいるかどうか」だけ。
それを必要としている人(お客さん)にそれを渡す、それがユダヤ式のマーケティングである、とのことで、なんともシンプルで気持ちいいですね。
どんな素晴らしい商品であっても、これからお客さんを発掘する、という話であれば彼らはまったく興味を示さないそう。

商品のクオリティうんぬんは置いておいて、すでにお客さんがいる(困っている人がいる)ところにのみビジネスを仕掛けていく、というスタイルは大いに共感するところがありました。
私のビジネスも、まさにお客さんありきのビジネスだからです。
ただ、それがわかっていながら言語化しておらず、この本を読んで、そうそう、そうだよな。と自分の中のものが言語化されていき、自身のビジネス認識も深まって、読んで良かったなと思いました。

「なるほど、そちらで○○してくれるなら、うちは発注しますよ」と言ってくれるお客さんを見つけて初めてビジネスを仕掛けていきます(それも同じようなお客さんがたくさんいる場合にのみ)。

お客さんが最初からいて、そこに商品を流すのだから失敗しようがない。
まさに砂漠で水を売るようなビジネスをみつける、それがユダヤ式のマーケティングだ、というのがこの本の要点です。
必ず成功するもの以外はビジネスの対象ではないのです。

ただ、筆者の立川さんが曰く、このユダヤ式のマーケティングに違和感を抱くことも多く、様々な摩擦や葛藤があったそうです。

立川さんはユダヤ系の企業に勤めていたそうで、例えば取引先とのトラブルで、取引先が折れてくれ事なきを得たとして、次に何かあった時、こっちがフォローする番だと思ったそうです。
実際にそうした時に、上司にこっぴどく怒られたそうです。
「君は次の機会に自分が損失をカバーしますとでも約束したのか?約束もしていないことをどうしてやるんだ?賄賂でももらっているんじゃないか?」
そう言われて大喧嘩、彼らには日本的な義理人情が通じないと書かれていました。

これはなかなか強烈なエピソードですね。
彼らには契約書にどういう文言が書かれているかだけが最重要で、その他のもの(義理や人情など)が入り込む余地はないそうです。
そういったドライな部分は日本には合わない、ということで、立川さんはユダヤ式のマーケティングに、日本の情緒を取り入れた、いわばハイブリッドなマーケティングの戦法をとっているそうです。
その結果、立川さんは華々しい成果を上げ続けておられます。

僕らは日本式の情緒あるマーケティングはすでに理解しているので、後はそこにユダヤ式のマーケティングを取り入れるだけです。
ユダヤ式は先ほどの「まずはお客さん(困っている人)をみつける」という手法です。
僕のビジネスではナチュラルにその方法に沿っているので苦労はないのですが、貴方がビジネスを始める際には、ぜひともこのユダヤ式のマーケティングに倣うべきでしょう。